僕がローマへ旅に出た理由。
人生には、流れがあると思う。
その流れには多分逆らえない。
感じてただ流れる時もきっと必要で。
良い悪いは結果でしかないみたいだ。
久しぶりに、書き綴ります。
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今日は2018年5月2日。午前9時41分。
ミラノからこの記事を書いています。
(書き終わったのは午前11時10分)
日本を出発したのが2018年4月20日。
気付けば2週間近くイタリアにいて、
ローマからフィレンツェを経てヴェネツィア、
今はミラノの宿で3日目の朝を迎えています。
ローマから何処にいくかも決めず、
もちろんローマの何処にいくかも決めず。
地球の歩き方も周辺地図も事前に持たず。
人と話し、訪れる場所を決め、移動手段と宿をとる。
その繰り返しによる計画の更新。ゴールはまだない。
もちろん、帰りの航空チケットもない。
(資金の限りはあるので2ヶ月程度)
たくさんの不安に邪魔されそうになりながら、
自分自身と何度も対話して、舵をとり続ける。
多くの葛藤を乗り越えて、イタリアに来た。
きっかけは、僕の誕生日と祖母の死でした。
少し長くなるけど、書き綴ろうと思います。
(ローマからフィレンツェへの車窓より)
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4月22日。
僕の誕生日。この日は昨年から
「チャレンジする日」になった。
30才の節目だった昨年ヒッチハイクで
北海道の最北端を目指して旅をした。
(誕生日は埼玉県のPAトイレで迎えた)
たくさんの人に出会い助けてもらった。
そして北海道旭川市で出会った方々に、
日本最北端宗谷岬へと届けてもらった。
大冒険だった。
不安や葛藤がたくさんあった。
でも最後はどうにかなるって感じた。
だから、今年は
以前から考えていたヨーロッパへの旅。
1年半前にイギリスを1ヶ月旅したときは、
自分の価値観で固まりきって苦しかった。
帰国後はもっと、絶望的に苦しくなった。
自分の中にある価値観の再構築を始めて、
人と出会い自分を顧み続けた1年間だった。
今行けば何が起こるか、何を感じるか。
目的はないけど、とにかく行きたい。
でも、やっぱり一歩踏み出せずにいた。
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少し時間が進んで2018年。3月末。
祖母にステージ5の癌が見つかった。
自宅で訪問治療を受け過ごしていたが、
長くはないと医師から告げられていた。
昨年から自宅1時間圏内に住む僕は、
幸い週に何度も訪れて話すことができた。
少し脱線するけど、
僕は祖父も祖母も大好きだった。
祖父が亡くなる直前に僕は初めてバイクを購入した。
そして大企業への内定と共に報告することができた。
病床の祖父が驚き喜んでくれた顔を僕は一生忘れない。
いつも買い物に連れ出してくれて甘やかしてくれた。
たまにパチンコやスロットに一緒に入ったりもした。
小学校に入ってからも、祖父と祖母に挟まれて寝た。
そんな祖父が亡くなって、もう6年がたつ。
*
2016年。僕は企業を辞めた。
2017年。僕は大きな別れを選択した。
その事を、祖母には最後まで黙っていた。
元気でいて欲しくて最後まで嘘をついた。
広島で勤務していると言った。
今日は有給を取ったと言った。
彼女は元気にしていると言った。
そんな祖母にはもちろん、
ヨーロッパに行きたいとは言っていない。
祖母を看取れないかもしれない不安から、
ずっとヨーロッパ行きも引き伸ばしていた。
どうやら、全部見透かされていたらしい。
僕が誕生日を迎える1週間前、
「また明日来るね」と言って別れた4時間後。
祖母は僕の両親と姉に看取られ静かに逝った。
***
あっという間に葬儀が終わった。
祖母の看護がない母と姉の日々が始まった。
祖母のいない離れが少しずつ片付いていく。
今度は、両親のことが心配になった。
今二人を置いてヨーロッパに行って良いのか。
悩んでいたとき、
ふとシェアハウスの同居人に聞かれた。
「おばあちゃんの具合はどう?」
そういえば、まだ誰にも伝えられていなかった。
「3日前に亡くなって、葬儀も終わったんよ」
口に出すと、悲しみは増える。
「そしたら、ヨーロッパ行きはどうするん?」
「そうじゃね、多分いくと思う」
口に出して、自分の気持ちに気づく。
2018年4月17日の出来事。
***
そこから悩みながら一歩づつ進んだ。
とりあえず部屋の掃除をした。
黄砂と花粉で汚れた車の洗車をした。
冬服のコートたちをクリーニングに出した。
そして、2018年4月19日。
気持ちが定まらないまま
荷物をまとめ
大阪行きの最終バスに乗ろうとした。
しかし乗り遅れ、引き返そうとした。
神戸行きが到着したので乗り込んだ。
チケットも持たないまま、
2018年4月20日の早朝。
大阪に僕はいた。
そして、関西空港へ。
*
パリへ行こうと思っていたのに、
航空券が2万円近く値上がりしていた。
もう無理せず実家へ帰ろうかと考えた。
それでも少しだけ、粘ることにした。
他の都市を調べながらローマが目に留まる。
瞬間、ローマからヨーロッパを西への旅程が
頭のなかに描かれた。
モロッコで砂漠を見るイメージも。
その後も1時間くらい悩んだけど、
フライト2時間前にチケットを購入。
帰りのチケットもビザもないままに、
僕は飛行機に乗り込んだ。
そしてローマで誕生日を迎えた。
*
この機会に、自分について追記してみる。
僕は潰瘍性大腸炎という持病を持っている。
軽度なら少量血が出るくらいで問題ないが、
ちょっと悪くなるとすぐにお腹が痛くなる。
重症なら腸全摘出しないといけない病気だ。
高校1年の時に見つかって一度人生に絶望した。
今となっては結構まわりにいて珍しくない。
最近は特になにも考えず仲良くしている。
加えてここ数年はアレルギー性の皮膚炎が悪化、
ステロイド系の塗り薬と飲み薬が手放せない。
こいつは、正直仲良くできない。痒みはつらい。
春先は体調が安定せず喘息で眠れない夜もある。
残念ながら、僕の体は恵まれた健康体ではない。
病院通いばっかりは昔からあまり変わらない。
1月~3月は、家のなかで引き籠り半ば冬眠状態で、
毎日毎日飽きもせずにゲームやネットサーフィン。
そんな自分だけど、
歩き回る体力や音楽を楽しむことができる。
幸いなのは見た目が超健康体に見られること。
だから、今回僕は旅に出た。
目的は、特に決まっていない。
*
現実は小説より奇なり。
たぶん、人生は美しい。
怖いと感じる方に進んでみた方が、
振り返ったときに案外面白いみたいだ。
***
まだまだ旅は始まったばかり。
ここから、どんなことを感じるだろう。
また、気が向いたら書いてみます。
なーんて書いていたら、
机から落ちたスマホが割れた。
まぁ、そんなこともあるでしょう。
ぼちぼち、また思い付いたことを書き綴ります。
お時間あれば、お付き合いください。
それでは、また。
Ciao!