美は、世界を救う|2022.09.26 Solomeo
タイトルの言葉と出会ったのは、イタリアのペルージャ郊外にある人口僅か500人のソロメオ村。イタリアのフィレンツェから車で2時間ほどの位置にあります。
「LA BELLEZZA SALVERA’ IL MONDO|美は世界を救う」ロシアの文豪、ドストエフスキーによる小説の中の一節であり、他にも哲学者プラトンや孔子などが残した言葉がこの村の至る所に飾られていた。
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ソロメオ村は、ブルネロ・クチネリが経営する「Brunello Cucinelli」の人間主義的な経営によって復興され、今も生き続けている村の名前。
村には劇場がある。
そして図書館がある。
職人の学校がある。
彼らは、技術を伝え続けている。
広大な土地には、公園やサッカー場もある。
それら全てを、ブルネロ・クチネリ氏が作り上げた。
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始まりは、ソロメオ村にある古城を彼が買い取ったところから始まったと、著書にあった。
「イル・ソーニョ・ディ・ソロメオ(ソロメオの夢)」という本は、「人間主義的経営」というタイトルになり日本で出版されている。
高級カシミアを扱うブランドとして、廃墟となった古城を購入しオフィスとして活用。その後修復しながらこの土地全体を「村型の企業」に作り替えることが彼の経営哲学だった。
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ソロメオ村に来るまでに、僕はこの本を読み進めた。その中で、彼の慈愛に満ちた人間像と詩的な表現者であることを強く感じた。それでいて、しっかりと経営者でもある。このギャップに、とても驚いた。
今もこの文章を書きながら、頭の中がまとまっていない。もうすぐ2週間が経とうとしているのだけど、どう表現していいのか分からなかった。
「正直者は馬鹿を見る」なんて言葉がある。夢を語れば、笑われる。そんな環境を、半ば当たり前のように感じていた。
だけど彼は、彼の思う美を只々追求し続けた。
その結果が、この村だった。注がれたエネルギーは想像もできない。ただ、この村があるという事実が何よりもその結果を目の当たりにしてくれた。
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かつて、東日本大震災の際にはソロメオ村に日本から職人を受け入れたこともあるという。
記事の中で彼は
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「私は日本文化から多くの影響を受けてきた。5年前の大震災では日本人に他人への配慮などの高貴な魂を教えてもらいました。そのお礼です。日本は原爆、そして原発事故と原子力の災いを受けた。もう一度小さな村のような生き方に戻ることはできないのか、何か一緒にできることはないかと自問した。その結果、研修で手を使った仕事を共に行うことで何かが変わるかもと思ったからです」
—と答えている。
また、他の記事では「ラグジュアリー界の精神的リーダー」と呼ばれていた。
そう。彼は経営者でありながら、哲学者という言葉がとても合う。
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彼の著書の中に、父親についての記載があった。
高度成長期において、農家から工場労働者へと転身した父は、過酷な仕事を強いられ夜な夜な涙ぐんでいるのを見た時に『人間の誇りや尊厳を大事にする会社を作ろう』と決意したと、インタビューにも答えている。
誰も虐げられない企業であること。そこには、彼の強い思いが感じられる。売上を伸ばして幸せにするのではなく、幸せな企業を作って売上を伸ばす。言葉にすれば当然のようで、どれだけ難しいのかは今の世の中からも感じ取れるはずだ。
しかし、彼はやり遂げている。この小さな村の中には5億ユーロ(約700億円)を売り上げる企業がある。
そして、住む人たちが美しく豊かであるための環境を、今も整え続けている。
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広大な公園の中には、小さな丘があった。
その丘の石碑に記されている言葉が「TRIBUTO ALLA DIGNITA DELL’UOMO|人間の尊厳への賞賛」(直訳)。
人が、当たり前のように幸せであること。そして企業として利益を出し、当たり前のようにこの村を豊かにしていく。この循環がとても、美しいなと思った。
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僕の生まれた場所も小さな村。
そこには今も工場や農協があって、駅があって、廃校になった小学校を利用した公民館があって、田畑があって川がある。大したものはないのだけれど、落ち着ける場所。僕にこの大切な土地を守れるだろうかと、昔から考えることがありました。
祖父が耕した田畑と家は、今は父が受け継いでいて。どうすればいいのか悩んでいたら、気づけば35歳。今まで、いろいろなことを怖がり、手放し、身軽にして今に至った中で。強がることを諦めて、弱さを肯定していくと、「せめて美しく死にたい」という考えがあるときから生まれました。その反面で、何かを守ることに強烈な恐れも抱くようになりました。
人生を、どれだけ美しく生きられるか。それは、自分の命の使い方であり、自分をどれだけ幸せにできるかであり、その幸せをどれだけ他人に広げられるかのような気がしています。
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今の僕にできることが何なのか。仕事をしながらスキルを磨き、資産を増やして土地や家を守ること。それでいいのか。そうしたいのかが、わからない。
わからないから、僕は心が動いた瞬間を大切にしています。もうすぐ1ヶ月ほど旅を続け、今はチェコ共和国のプラハにいます。
ヨーロッパでは圧倒される建築や美術作品を幾つも見てきました。
美しいと感嘆する一方で、どれだけの人たちの血と汗が注ぎ込まれているのか。考えるたびに、心が重くなる自分もいます。
答えの無い人生なのに、正しさが増えたこの世の中で。まずは、自分の美しいと思うことを改めて見つめ直したい。そう思える1日でした。
「美は、世界を救う」。もう少し、紆余曲折を楽しんでみます。